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千葉地方裁判所 昭和41年(ヨ)288号 判決

債権者 甲野一郎

右代理人弁護士 尾崎陞

同 中村巌

同 稲見友之

債務者 船橋タクシー有限会社

右代表者代表取締役 渡辺康蔵

右代理人弁護士 小島利雄

主文

一、債権者が債務者の従業員たる地位を有することを仮に定める。

二、債務者は債権者に対し、金五二万八、八一〇円および昭和四三年四月末日以降毎月末日限り一か月金二万八、二九〇円を仮に支払え。

三、債権者のその余の仮処分申請を却下する。

四、申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、債権者

「(一)債権者が債務者の従業員である地位を有することを仮に定める、(二)債務者は債権者に対し、金五四万五、九一〇円および昭和四三年四月末日から毎月末日限り一か月金二万九、一九〇円を支払え、(三)申請費用は債務者の負担とする。」との判決。

二、債務者

「(一)本件仮処分申請を却下する、(二)申請費用は債権者の負担とする。」との判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、債務者会社が肩書住所地に本社を置き、約五〇人の従業員を擁して国鉄船橋駅の構内タクシー営業等を営むタクシー業者であること、債権者が昭和四〇年一〇月三日債務者に雇傭され、タクシー運転手として勤務していたこと、債務者が債権者に対し、昭和四一年八月一八日退職を勧告し、同年九月四日口頭で解雇する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。

二、そこで右解雇が不当労働行為に該当するか否かを判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が疎明される。

債務者会社のタクシー運転手の賃金体形は固定給を主とし、これに水揚げ高に応じて若干奨励金を付加するというものであり、昭和四一年頃の賃金は月間一〇万円の水揚げに対し月額約二万九、〇〇〇円、一三万円水揚げに対し約三万二、〇〇〇円であって、船橋市およびその周辺のタクシー業界の平均賃金より相当低額であった。債務者会社内には従前から従業員によって組織された親睦会という団体があり、ときどき労働条件の改善等について債務者と交渉することもあったが、職制も会員となっており、その名の示すとおり従業員の親睦を目的とする会であって、労働組合のように活発な労働運動は期待できず、債権者はこれをあきたりなく考えていたが、たまたまその頃総評全国一般労働組合千葉地方本部京葉地域支部(以下全国一般京葉地域支部と略称)の働きかけにより、船橋地区のタクシー会社の運転手間に労働組合結成の気運が生じ、一、二組合が設立されたので、これに做い賃金体形等労働条件の向上のため、債務者会社内に労働組合を作ろうと思い立ち、同年七月全国一般京葉地域支部ハト交通分会の分会長杉浦成秋にその旨を述べて助言を受け、同月下旬右全国一般に個人加入するとともに、職場等において同僚の運転手に対し組合の結成を呼びかけたが、その行動は相当陽性で、債務者会社の船橋営業所内の所長ら職制のいるところでも同僚に右趣旨を述べて勧誘した。そして同年八月頃には債権者に共鳴する者が相当でき、同月下旬根本光夫ら四人の運転手が前記総評一般に個人加入した。その間、後記(二)の(1)、(2)の事故があり、前記の如く、債務者は債権者に対し、同年八月一八日退職を勧告し、九月四日解雇通告をした。一方債務者は、親睦会の申出でを受け、同年九月二一日従前の二車三人制(一回四八時間勤務)一八日勤務を、一車二人制(一回二四時間勤務)一三日勤務制に切り替え、同時に賃金改訂を行ったが、その賃金も同業他社のものに比べれば低かった。当時船橋市付近のタクシー会社で働いていた運転手の間には、一般にエントツをする風習があり、特に債務者会社の運転手は、低賃金を補うため、他社の者より頻繁にエントツをしていた。ところが、警察、陸運局の取締が次第に厳重となり、タクシー業者も同年一一月五日ごろ旅客運送指導委員会を組織し、巡回車で営業区域を監視して回り、エントツの摘発、防止に乗り出した。全国一般京葉地域支部は、債権者が退職勧告を受けた頃から債務者会社の運転手に対し労働組合を作るよう働きかけたが、たまたま右の如くエントツの取締りが強化される状勢となって債務者会社の運転手は相当額の収入源を失う結果となるところから、にわかに組合結成の気運が高まり、従業員の約半数がこれに同調した。その頃債務者会社内に全国一般とは別の労働組合を作ろうという動きが出て、それらの者からの全国一般の同調者に対する説得が行われ、同年一二月二九日船橋タクシー分会と船橋タクシー労働組合(右全国一般に対立する者によって組織された組合)が結成されたときには、後者の組合員が四〇人を越えたのに対し、前者のそれは一二人にすぎなかった。そして右説得には債務者の職制もあたったのであるが、その後も船橋タクシー労働組合から船橋タクシー分会の組合員に対する脱退勧告が行われ、右京貴ら数名の脱退者が出たが、右説得、脱退勧告には、全国一般に入っていると親類縁者にも迷惑がかかる、他の会社へ入社するのにも差さわりになる、などの言辞も使用された。右の如く二つの組合が結成されたのであるが、債務者は専ら船橋タクシー労働組合と団体交渉、協約の締結等をし、船橋タクシー分会との交渉には熱意を示さなかった。

以上の事実が一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そして右事実を総合すれば、当時の債務者代表取締役石井幸作および専務取締役石井啓次郎も債権者が労働組合を結成しようとして活動し、同僚の運転手らに働きかけていることを知っていたことが推認されるのであって、この点につき否定的な供述をする前掲石井証人の証言は信用できない。

(二)  次に債務者が申請理由(四)の(イ)(1)ないし(4)掲記の債権者の行為は、就業規則第二九条の懲戒事由ホ、イ、ロ、ヘ、第三一条ロの解雇事由に該当するとして債権者を解雇したことは当事者間に争がない。したがって右によれば、本件解雇は懲戒解雇の如くみられるのであるが、債務者の就業規則第三一条は普通解雇事由として「第二九条(懲戒事由を定めた規定)各項の行為を再三なした者」を掲げており、このことと≪証拠省略≫によれば、債務者は債権者の右行為を懲戒事由に該当するとしながら、懲戒としての解雇処分とはせず、就業規則第三一条ニを適用して普通解雇したものであることが一応認められる。

そこで以下右解雇の事由につき検討する。≪証拠省略≫によれば、

(1)債権者は同年七月三〇日午後六時頃船橋市夏見町から国電船橋駅北口までエントツをし、乗客から料金一一〇円を受領した。(2)債権者は同年八月一一日船橋市本町二丁目で争いをしたが、そのいきさつは、債権者は船橋営業所の指示を受けて、船橋市本町二丁目きみの湯前路上に車を付け、子供連れの女客を乗せたが、その客から相互銀行へ行ってくれ、と言われ、わからないとて、行く先について問いただし、押し問答のようになったところ、これを見た乗客の弟が乗車拒否と感違いし、行くのか、行かないのか、と声高に詰ったことから口論となり、報せによってその場へ赴いた債務者会社の専務取締役石井啓次郎が債権者をたしなめ、別の自動車で客を送り、その場は治まったが、債権者は石井専務から接客態度が悪いと、一方的に債権者に非があるような口吻で叱責、注意されたことに快からず、不服の色を示した。そしてその後一三、一六の二日欠勤し、休日、非番の日を含めて同月一六日まで出勤しなかった。(3)同月一九日から同月二六日までの間、債権者の稼ぎ高は極度に減少した。(4)同年九月四日終業時における債権者運転の自動車の料金メーターの走行距離標示は八三二キロであるのに、債権者が作成した運転日報の該当欄には八二二キロと一〇キロは少なく記入されていた。

以上の事実が一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫

債権者は、右(1)は就業規則第二九条ホに、(2)は同条イに、(3)は同条ロに(4)は同条へおよび就業規則三一条ロに該当する、として解雇の理由としているので、この点を調べると、

(1)について、就業規則第二九条ホの「不当に料金を乗客に請求したるとき」とは、その文言上、運転手が規定よりも高額の料金を乗客に請求したり、あるいはことさら、路線を迂回して運転し、料金額を増したりするが如き場合を指し、エントツそのものはこれに含まれないものと解するを相当とするから、右は右規則第三一条ロに該当する行為であるが、懲戒事由にはあたらないというべきである。のみならず、その頃は前認定の如く船橋地区では一般にエントツが行われていたのであって、前掲≪証拠省略≫によれば、債権者が解雇されたころ、前後して債務者会社の従業員でエントツを摘発された者が数人でたが、債務者はその従業員から始末書を徴して戒めただけで、懲戒の処置をとらなかったことが一応認められるので、運転手のエントツに対する債務者の態度はゆるやかなものであったことが認められる。

(2)について、債権者の乗客に対する行く先の尋ね方が穏当でなかったことが≪証拠省略≫によって窺われるので、乗客の弟が乗車拒否と感違いした責任の大半は債権者にあるといわざるをえない。したがって同人の難詰に反発して口論するなど、接客業者としてとるべき態度でないことは明らかである。債権者は石井専務が乗客の前で一方的に債権者を非として責め、他の運転手に客を送らせたことに対し不満の色を示したものであろう、また同専務の叱責の仕方が厳しすぎたきらいがないでもないが、事柄の経緯と接客業者である自己の立場を反省すれば、甘受すべきであったであろう。また債権者はその日に接着して二日欠勤したが、これは同専務の処置を不服としてのことと推測されるのである。そうすれば、債権者の右行動は就業規則第二九条イに該当するといえるが、事件の全般を考えると、譴責あるいは減給の対象となっても、懲戒解雇に値するような非行とは認められない。

(3)について、就業規則第二九条ロの「同僚内に常に融和を欠き会社経営に支障ある時」とはその文言上、従業員が、日常、職場内で融和せず、それがために社内の秩序が乱れたり、他の従業員の作業能率の低下をきたし、業務運営に支障を生ずる如き場合を指すものと解すべきである。ところが債務者が指摘する事実は、債権者が昭和四一年八月一九日より同月二六日まで怠業したというのであるから、右条項にあたらないことは明らかである。なお、債務者は、債権者の右行為により、会社の秩序が乱され、全従業員の勤労意欲を阻害した、とするのであるが、これを認めるに足りる疎明はない。また債権者の右期間内の水揚げ低下は、(2)の事件があった後の同月一八日債務者より退職勧告を受けて動揺し、勤労意欲を失ったためと、他のタクシー会社にかわろうとして知り合いの運転手などに頼みまわったためであることが、債権者本人尋問の結果によって一応認められるので、その心情宥恕すべきものがあり、懲戒をもって臨むべきものとはいえない。

(4)について、≪証拠省略≫によれば、債権者は九月四日昼すぎ石井専務から解雇の通告を受け、その後で同月の運転日報を作成したことが一応認められるから、右事実は解雇の理由となっていなかったことが明らかである。なお、右本人尋問の結果によれば、解雇の言渡しを受けてショックを受け、平静を失って運転日報を記載したため、走行キロを誤記したものであることが窺われるのである。

右によれば、実際上懲戒に値するのは(2)の事実だけである。ところが、前記の如く、債務者は就業規則第三一条で懲戒事由に該当する行為を再三なした者を普通解雇する、と定めているので、(2)の事実のみにより、債権者を解雇することは就業規則上許されない筋合である。仮に、(1)の事実がこれに加わるとしても、エントツをした運転手に対する債務者の処遇態度および前示(2)の行為についての債権者の責任の程度に照せば、解雇は著しく酷に失するといわざるをえない。そのうえ、≪証拠省略≫によれば、債務者は昭和三〇年三月一日就業規則を制定し、労働基準局に届出たが、従業員に周知させる手段を講ぜず、最近では社内にその控すらなかったこと、および債権者は九月四日口頭で解雇通告を受けただけで、その理由を説明されず、同月六日総評全国一般千葉地方本部委員長池ノ谷忠敏ら数名と共に債務者会社に赴き、当時の社長石井幸作および専務取締役石井啓次郎に対し、解雇の理由を問いただしたのに対して同人らは、六日午後四時に明らかにすると告げて即答せず、六日午後四時過ぎ債務者会社事務所において債権者らに対し、解雇理由書(疎甲第二号証)と就業規則写(疎甲第三号証)を手交したが、石井らは労働基準局で就業規則を写しとって持ち帰り、債権者らに交付した疎甲第三号証は六日債権者らの面前でこれを書き写したものであることが一応認められ、これらの事実からすれば、債務者は解雇通告の後に債権者の行為と就業規則を対照して解雇を理由付けたものと推認され、前記(4)の事実を解雇理由に加えたのは、かかる作業のために生じた誤りと考えられるのである。

(三)、(一)に認定の事実によれば、債権者は、債務者会社内の労働運動の初期の段階において活動したのであって、従業員間に組合結成気運が高まり、船橋タクシー分会が設立されたのは、債権者が解雇された後のことであるが、右組合が結成されるについては、労働組合の必要を主唱し、同僚に働きかけた債権者の行動が与って力となったことが明らかであり、債権者解雇後の労使の動き、二組合成立の過程、債務者の両組合に対する態度等と(二)の事実とを合せ考えれば、本件解雇は、債務者が、主として債権者の労働組合結成活動を嫌悪し、これを阻止するためになしたものと認められ、労働組合法第七条一号の不当労働行為に該当する無効なものというべきである。

そうとすれば、債務者の従業員であることの地位を仮に定める仮処分を求める債権者の申請は認容すべきものである。

三、次に、債権者の賃金支払の仮処分申請について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、債務者は毎月二五日に締切り月末従業員に対し賃金を支払う制度をとっており、債権者の賃金は昭和四一年六月末支給分が金三万一、九〇〇円、七月末支給分が金二万八、七五〇円、八月末支給分が金二万六、九二〇円であって、一か月平均金二万九、一九〇円の支給を受け、債権者は債務者から支払われる賃金によって、妻と子供二人を扶養し、生計をたてていたことが一応認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで債権者本人尋問の結果によれば、債権者は解雇後定職に就けず、両親の営む農業の手伝をしたり、タクシーの日雇運転手などをしてきたが、定まった収入がないため、困窮した生活を続けていることが一応認められる(右認定に反する証拠はない。)ので、債務者から賃金の支払を受ける必要に迫られていることが認められ、右申請は理由がある。

そこでその賃金の額を調べると、前掲≪証拠省略≫によると、債務者から支給される金額には通勤費が含まれていることが認められるが、通勤費は職場に通勤するために要する実費を弁償する趣旨で支給されるものと解するを相当とするから、解雇通告後勤務していない債権者は受給資格がないとみるべきであり、前記金二万九、一九〇円よりこれを控除した金二万八、二九〇円が債務者より支払われるべき一か月分の賃金となる。そして債権者は同年九月末支給分のうち金八、七〇〇円(同年八月二六日から九月五日までの分)を債務者から受領したことを自認しているので、同月末支給分の残額は金一万九、五九〇円となり、同年九月六日から昭和四三年三月二五日までの賃金合計額は金五二万八、八一〇円となる。

(四)、よって、本件仮処分申請は債権者が、債務者の従業員たる雇傭契約上の地位を有すること、ならびに債務者に対し賃金として金五二万八、八一〇円および昭和四三年四月以降毎月末日限り金二万八、二九〇円の支払いを求める限度において、保証を立てさせないでこれを認容し、賃金の支払いを求めるその余の部分はこれを却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法第九二条但書、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中隆 裁判官 渡辺昭 片岡安夫)

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